高嶺格 “God Bless America”

今日、東京国立近代美術館の全展示無料の日だったので行って来ました。

MOMATコレクション、特集「藤田嗣治、全書像作品展示」、「てぶくろ|ろくぶて」全てをみる事が可能でした。

MOMATコレクションで、今回私をぐっさり掴んでしまった作家さんを発見しました!
高嶺格 “God Bless America”(2008)
ビデオインスタレーション作品で、ある一室に何トンもの巨大な粘土があって、それを日本人の男女(恋人同士らしい)が変形し続ける作業をクレイアニメ風に数日永遠と映しているというもので、”God Bless America”とは、911以降、アメリカでよく叫ばれるようになった歌のこと。このフレーズが常時、巨大な頭部のクレイアニメが歌っているように聴こえ続けています。巨大な頭部はブッシュの顔の様でもあります。

男女は、ひたすら粘土を形成し、休憩し、傍らにあるベッドで寝て、起きて、食べて、また粘土を変形させてゆく。。。で、粘土を形成しているうちは良いのですが、作業を離れた日常も常に放映されているという形を取っている為に、当然というか、男女がセックスをしているらしいシーンもあります。もちろん、はっきりと映るというわけではなく、クレイアニメショーンの特徴として画面が細切れみたいにガタガタするので、コミカルな動きのようでもあるし、あれ?今してたよね?くらいなのだけれど、何と言うか、他人の日常を盗み見してるような錯覚に陥り、恥ずかしいような、もっと見たいような。。変な気持ちになるのです。だから、はっきりしたベッドシーンよりずっとエロティックなのです!(部屋の隅っこにあるベッドの中だから小さくしか映ってない)

恋人同士の様でありながら、男女二人がまったく部屋から出ないでひたすら作業し、日常も晒されているのは、どこか自由意志の奪われた奴隷的な要素を感じなくもなく、それは、911をネタに国民を”God Bless America”のもと、思うように操って来たアメリカ合衆国の状態に見えなくもない。さらに言うと、作業しているのは日本人である事から、結局アメリカの言いなりに飼いならされた日本を象徴しているようでもありました。

高嶺格さんという現代作家は、作品に性的要素がからんでいたりすることが多いそうです。たとえ誰かの命令で男女二人がこの作業をしていたとしても、そこには逃れられない本能としてセックスが発生してしまうという暗示でもあるような気もします。二人は幸せそうなのだけど、部屋から出る意思があるのかないのか?シチュエーション的には全然幸福じゃない環境にあるのに。これってどこかの国の国民の様。

性別や国、立場、環境を越えて常に絶対的にあるものは性欲求でもある。そこにどんな権限も立ち入れないことを見せられたような気分です。それに、覗き見的な状況は、人を興奮させるんだなー。別にそういう趣味を自覚していなくても、こんな時に自分のスケベな部分がわらわら出て来てたまらんな。。と思ったり。非常にある意味興奮してしまいました。(表現は決して興奮するようなものではありません。あまりそれを期待して観に行ってもがっかりしますよ!)

高嶺格さんという作家は、私の好きなタイプの作家だなと思います。私は作品にエロさがないのは全然好きじゃないから。ふんわりと平和な作品は私には何も訴えてこないのです。この作家さんのような人と大学くらいで出会っていたら、絶対作品に出させてくれーとか言って乗り込んでいっただろうなー。好きになっちゃったかも?まあそのくらい好きだなーと思って興奮してこれを書きました。

高嶺格さん、これからも注目を続けます!

こういう出会いがあるから人生は止められない!

ついでに言うと、今日美術館に1人で見に来ていたオシャレなお兄さんが、その後神保町のディスクユニオンに行ったらまた会っちゃって、これって運命じゃん?と思ったんだけど。。いや、あるときはある!とにかく楽しい一日でした!